昭和10年前後
現支配人の祖父が営業していた頃は、耕運機で高浜駅まで お客様の荷物を
運搬していました。 京都の呉服屋さんに 夏の避暑用に離れを
お貸ししたのが お宿の始まりでした。

昭和40年頃
当高浜町は臨海学校で賑わいはじめ
京都女子中学校が 臨海教育宿舎として
利用していた写真です。 まだまだ 夏季のみの
営業で 「旅館 時岡」 という看板が見えています。
クラッシックな車に 雑然とした玄関周辺。
単車の荷台には、酒屋さんが使う竹で編んだ
大きな籠・・・

カラーで見ると 建築後も外壁はしばらく
荒壁のまま過ごしたようです。 前の木材置場は
私や近所の子供達の遊び場でした。
表玄関には 松もまだなく、普通の大きな家という
風情。 この建物は頻繁に改装を繰り返した後
丸20年の営業にて解体しました。

これは 今日の姿ですが、今後1年先でさえ
現状を維持出来る保証は何もなく、ただ顧客の
皆様に愛されるよう 常に工夫し ニーズを
追いかけてゆく所存でございますので
ご指導の程 宜しくお願い申し上げます。